少年シロップ
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無口な旦那様
これは、私がこのお屋敷に来たばかりの頃の話…
コンコン
ドアをノックして、これからお世話をする旦那様のお部屋に入った。
ここに来る前に、旦那様は少し変わったお方だと聞いていたが、少しも不安ではなかった。
どんな方であろうと、誠心誠意尽くすのが私の仕事…
こんな私を拾ってくださったのだから…
窓際の大きな机の椅子に腰掛けて、外を眺めている男の人がいた…
こちらに、気付いていないのか、ずっと外を見ている。
私は、挨拶をしなければと、慌ててお辞儀をした。
「今日から、お世話をさせていただきます。樹里と申します。誠心誠意努めさせていただきますので、宜しくお願いいたします。」
挨拶し終えても、旦那様は一言も発さず、こちらを見ようともしなかった。
沈黙が続く…。
私は、何か気に障った事をしたのか不安になったが、旦那様が机に向って、お仕事を始めたので、邪魔にならないよう頭を下げて、部屋を後にした。
嫌われてしまったのかなぁ…。
涙をこらえる。
旦那様…。
ほんの少ししか、お顔を見ることができなかったけれど、旦那様は凛としていて、とても素敵だった。
顔が熱くなるのを感じた…。
これから頑張れば、きっと旦那様も認めて下さる。
私は、そう願った。
…
次の日から、私は、旦那様の為に頑張った。
朝の身支度に始まり、部屋のお掃除、洋服の整頓、いつも欠かさず飲んでいる、旦那様好みのコーヒーを入れる手順、夜ぐっすり眠れるように、ベッドメイキングも念入りに、アロマも焚いて完璧に仕上げた。
それでも、旦那様は一言も話してはくださらなかった。
何ヶ月か過ぎた頃。
私は、まだ、お屋敷を追い出されることもなく、旦那様のお世話を続けていた。
何度もくじけそうになったが、旦那様に認めてもらいたくて、必死だった…。
私の前任者はそれに耐えられなくなって、何人も辞めていったと聞いた。
旦那様の弟君の薫様は、旦那様は、私を気に入ってくれていると言って励ましてくださった…。
確かに、初めて会ったときに比べれば、時折視線ががあったりする。
多少なりとも、私を見てくれているのだと思うと嬉しかった。
でも…
私は旦那様のお声が聞きたかった。
どんな声をしていらっしゃるのだろう。
願わくば、私の名前を呼んでもらいたい…。
それから、何日か過ぎて、朝目覚めると、なんだか体がダルイ感じがした。
それでも、旦那様付きのメイドは、私しかいないし、他のメイドに旦那様の世話をさせたくなかったので、いつもと同じように、朝の支度を手伝いに向かった。
「旦那様。おはようございます。」
カーテンを開けて、旦那様を起こすと、旦那様はいつもと違った表情をしていた。
というか…表情がある。
いつもは眉ひとつ動かさないのだが、なんだか、困ったような顔だ。
「どうかなさいましたか?」
初めて、こんなに見つめられて、私は胸がドキドキした。
それを悟られたくなくて、ごまかすように朝の支度の準備をする。
それを見た旦那様は、何事もなかったかのように支度をすませ、出て行ってしまった。
夜になると、身体のダルさが増していた。
良くなるどころか、酷くなる一方だった。
あとは、就寝の支度を手伝うだけだ。
あと、少し…
やっとのことで、旦那様のお部屋までやってきた。
旦那様は、もう、着替えを済ませて、ベットに腰かけていた。
今日はもう、お手伝いをすることはなさそうだった。
「旦那様…おやすみな…さっ…」
気を緩めたその時、目の前が歪んで、私は意識を失っていた。
…
「うっ…んんんっ」
目が覚めると、ふかふかのベッドに横たわっていた。
おでこのあたりが、ひんやりとする。
気持ちいい…。
ここは、どこなんだろう?
そこへ、旦那様が氷枕を手に現れた。
「だっ旦那様。」
慌てて起き上がろうとすると、旦那様が私をゆっくりと、ベットへ押し戻す。
そしてそっと、氷枕を取り換えてくれた。
旦那様に、こんなことをさせてしまうなんて…
申しわけなくて、自分が情けなくて…涙があふれてきた。
それを見た旦那様は、慌てて…
「どうした?苦しいのか?」
低く優しい声…
初めて聞いた旦那様の声に、私はびっくりして、涙が止まってしまった。
「もっと早く休ませてやれば…今朝気づいていたのに…俺の責任だ…。すまない。」
「ちっ違います。私が、私が悪いんです。自己管理ができていなかったんです。」
旦那様は大きく首を振る。
「いや、お前はまだ、幼い。」
優しい、優しい、旦那様の言葉。
嬉しくて、また、涙が溢れてきた。
「泣くな、お前は、悪くない。この、数か月こんな私に…良く尽くしてくれた。私は人が苦手で…話すことも上手くない…。」
旦那様は言葉に詰まりながらも、ゆっくりと話してくれた。
「私…旦那様に嫌われているとばっかり…。」
「嫌ってなどいるものか、ずっとお前を見てきて、俺はお前を…」
えっ…!?
次の瞬間私は、唇を奪われていた。
熱のせいなのか、熱い熱いキスにクラクラする。
「んんっ…だっんな…さま…。」
頭の中が真っ白になっていく。。
「旦那様…風邪がうつってしまいます。」
「かまわない。」
閉じた、唇の間を割って、旦那様の舌が私の口の中に入ってきた。
ねっとりと、口の中を犯されて、トロトロに溶けてしまいそうだった。
やっと、唇が離れる。
「続きは、風邪が治ってからだな、樹里…。」
そう言って、旦那様は微笑んでくれた。
嬉しくて、嬉しくて、涙が頬を伝う。
旦那様の声が聞けて、名前まで呼んでもらった。
そして、旦那様の笑顔を見ることができた。
一日で、180度世界が変わってしまった気分だ。
心が通じ合う喜び。
それから、旦那様は、相変わらず無口だが、私だけに色々な表情を見せてくれる。
そして、ゆっくりと語り合う。
私だけの…旦那様…。
終
[2012/05/12 23:09]
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